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専門家レポート【整形外科】犬の膝蓋骨内方脱臼のアップデート

更新日:2025.07.05

私たち小滝橋動物病院グループでは、一般診療に加えて各専門科のチームが連携し、より高度な獣医療の提供に努めています。近年は、他院からのご紹介やセカンドオピニオンとしてのご来院も増えており、現場で得た知見や経験は、貴重な学びの機会となっています。これらを広く還元するべく、私たちは定期的に獣医療従事者の皆さまに向けた情報発信を行っております。

小滝橋動物病院グループ Case Report
News Letter vol.6

特集:
犬の膝蓋骨内方脱臼のアップデート



橈骨尺骨骨折を整復したトイ犬種の一例


■はじめに


犬の橈骨尺骨骨折は骨折全体のおよそ18%を占め、骨盤骨折や大腿骨骨折に次いで多い骨折であると報告されています。

日本では、トイプードルやポメラニアン、イタリアングレーハウンドのようなトイ犬種の飼育頭数が多く、動物病院で最も多く遭遇する骨折の1つと思われます。


骨折の原因としては、交通事故や高所落下などの高エネルギー外傷が最も多い原因として挙げられます。ただ、トイ犬種における橈骨尺骨は他犬種と異なり、もともと構造的に脆弱であるため、椅子やベッド、抱 えている位置からの落下など、比較的低いエネルギー外傷でも骨折を生じます。

その上、髄腔内や周囲軟部組織の血流が乏しいことから癒合遅延や癒合不全、変形癒合などの合併症を生じやすいことが報告されているため、十分な固定力が得られるように確実な整復が必要となります。


■症例


犬種 トイプードル
性別 避妊雌
年齢 7ヶ月
既往歴 特になし

■経過


第1病日


自宅のソファから落下後、左前肢の挙上を主訴に来院されました。診察時の体重は1.8kgで、歩行時に左前肢の完全挙上を認めました。前腕部のX線画像検査を実施したところ、左橈骨尺骨遠位骨幹部横骨折と診断しました。この日を第1病日(図1)として、同日に外科的整復手術を実施し、頭側にストレートミニプレートと1.5mmコーテックススクリュー4本、外側にトイカッタブルプレートと1.1mmコーテックススクリュー2本を用いました。(図2)


当症例は7日間の入院管理とし、術後3日間はロバートジョーンズ包帯法にて患肢を包帯し、その後は包帯を巻かずに経過を追って、第8病日目に退院しました。その後はかかりつけ医にて抜糸を行い、手術後1〜2ヵ月の状況次第で頭側面のプレート抜去を実施することを提案しました。


図1 来院時

図2 整復後

第56病日


プレート抜去の相談のために来院されました。X線画像検査を実施したところ、側面像において橈骨尾側の皮質骨の癒合、および尺骨の癒合が認められたため(図3)、1週間後に頭側面のプレート抜去を行うこととなりました。


図3 骨の癒合が認められる

第63病日


頭側面のプレート抜去を実施しました。(図4)当症例は活動性が高く、ご家庭での安静管理が難しかったため、術後は入院管理となり、第71病日に退院となりました。


図4 頭側面プレート抜去直後

第85病日


退院14日後にX線画像検査を実施したところ、骨の不透過性亢進やインプラントの破綻などは認められませんでした。(図5)


第99病日


退院28日後にX線画像検査を実施したところ、骨の不透過性亢進やインプラントの破綻などは認められませんでした。また、第 85病日から第99病日にかけてスクリューホールの不明瞭化が認められます。(図6)


図5 プレート抜去14日後

図6 プレート抜去28日後

■さいごに


トイ犬種における橈骨尺骨は生物学的および力学的環境から骨癒合が得にくい部位であることが報告されています。そのため、前述しましたように十分な固定力が得られる確実な整復が必要となります。整復方法に関してはプレートを用いた内固定以外にも、クロスピン法や創外固定など様々ですが、骨折の部位や分類によって適切な方法を検討する必要があります。


整復後もインプラントの強度による応力遮蔽(Stress Shielding)現象によってインプラント周囲の骨密度が低下し、再骨折を引き起こす可能性があるため、定期的にX線画像検査を実施し、段階的にインプラン トを抜去する時期を確認する必要があると考えられます。当グループでは、癒合不全の可能性を極力減らすため、初期はオルソゴナルプレート(ダブルプレート)によって固定し、整復後7〜10日間隔おきにX線画像検査にて骨やインプラントの状態を確認します。そして、整復後1〜2ヵ月後を目安に段階的不安定化(Destabilization)のため頭側面のプレートを抜去します。また、当症例のように外側面のプレートは抜去せ ず、残したままでも骨に大きな支障をきたすことはありません。



小型犬の膝蓋骨内方脱臼


■はじめに


膝蓋骨内方脱臼(Medial Pateller Luxation (= MPL)) は犬には頻繁に、猫には時折起こります。特にトイ犬種に多くみられる整形外科的疾患です。病因は未だに判明していませんが、2022年の研究においてTomoらは、1大腿骨の外旋、2脛骨の内旋、3足根関節の外旋、4膝関節角の拡大、5内反膝、6足先が内側に向く立ち方など、共通の特徴があると述べています。また、多くのMPLは遺伝的であるといわれています。


■病態


MPLの犬の症状には個体差があります。最も一般的な症状は、軽度から中等度の間欠的跛行で、時折患肢のスキップや挙上がみられます。ただ、多くの症例では症状がなく経過していきます(潜在的MPL)。そのまま経過すると、四肢の変形の進行、膝蓋骨脱臼のグレード悪化、進行性を伴う距骨の変形性関節症、前十字靭帯疾患が発生するなどの可能性があり、MPLのグレードが高いほどその可能性が高いと言われています。


■診断


診断には視診や触診、X線画像検査などを用います。グレードが高い場合にはCT画像検査を用いることもあります。最も初期に診断が可能であるのは触診となり、他の疾患を否定するために、血液検査や超音波検 査、MRIなどを用いるケースもあります。現在ではSingleton、Putmanのグレーディングを改良したRoushのグレーディングが用いられます。


・グレード 1-膝蓋骨は徒手的に脱臼させることができるが、手を離すと正常な位置に戻る


・グレード 2-膝蓋骨は屈曲時や徒手操作時に脱臼することがあり、膝関節を伸展させるか徒手的に戻すまで脱臼したままである


・グレード 3-膝蓋骨は常に脱臼しているが、徒手的に戻すことができる


・グレード 4-膝蓋骨は常に脱臼しており徒手的にも戻すことができない



※膝蓋骨は、内側と外側の両方向に脱臼することがあり、それを膝蓋骨両側脱臼(Bidirectional patellar luxation (BPL))と呼びます。約50%が片側性、約50%が両側性であると報告されています。


■治療


MPLには外科治療を用います。ただ、どこのグレードから治療を行うかは意見が分かれます。犬の潜因性グレード2のMPLを評価した2020年の研究によると、潜因性MPLのある犬で手術が行われない場合、そのうちの50%がその後に跛行を発症し、手術を必要としたとしています。あくまでも研究の1つですが、手術するかを判断する1つの目安にはなります。


私個人としては、1症状がある症例、2進行している症例、3グレード3以上を手術適応としています。また、5歳以上の場合には関節炎の有無が手術の判断材料の1つになります。すでに関節炎の疑いがある症例に関しては、手術をしても関節炎を抑えられず、メリットが少ないので、手術を行わないことが多いです。


また、外科治療には様々な術式がありますが、MPLの病因自体が解明されていないため様々な術式を合わせて行います。具体的には、滑車溝形成術、脛骨粗面転移術、内側支帯リリース、外側支帯縫縮術、内旋制動術、大腿骨矯正骨切術、脛骨矯正骨切術、脱落防止スクリュー、リッジストップ、人工滑車溝などです。両側性の場合には同時に手術することが多く、同時実施により片方の肢を庇うことが減り、経過が良好となることが多いです。


滑車溝形成術:現在最も主流であるブロック形成術を用います。軟骨を可能な限り残すために、ブロック型に切除したのち、海綿骨を削り、また元に戻すことで滑車溝を深くする術式です。(図1)


図1 滑車溝形成術

①切除前


②滑車溝作成


③切除した軟骨


④切除した軟骨を元に戻す


脛骨粗面転移術:膝蓋骨からでる膝蓋靱帯が付着する脛骨粗面を一部切断し、外側に移動させた状態で固定する方法です。アライメントを整える上で最も重要な術式となります。特に最近では脛骨粗面の向きと足の指の向き(近位脛骨中足骨角度:PTMTA:図2)を考えこの術式の実施の有無を決定しています。挿入したピンはそのままで問題ありません。(図3・4)


図2 PTMTA

図3 脛骨粗面転移術

図4 ピン挿入後のX線画像

内側支帯リリース:縫工筋や内側広筋、内側関節包を緩める術式です。写真は縫工筋のリリースです。(図5)


図5 縫工筋のリリース

■術後


術後の3日間はバンテージにて固定を行い、術後1週間程度で退院します。退院後は5〜10分の散歩を1日2回までにとどめ、術後2週間目に抜糸を行い、経過が良ければ散歩時間を15〜20分に伸ばします。さらに術後1ヶ月のレントゲン検査で問題なければ散歩時間を25〜30分にします。術後2ヶ月目で問題なければ終了とし、通常の運動に戻します。また、2ヶ月目まではジャンプや滑る床などを避けていただきます。


■合併症


最も多い合併症は膝蓋骨の再脱臼です。現在、当院における再脱臼率は2〜3%程度ですが、その中でも再手術になるケースは少なく、1〜2%程度です。その次に多い合併症が脛骨粗面転移術におけるピンの逸脱です。ピンが抜けて皮膚に影響を及ぼし、症状が出る場合は抜去します。他には脛骨粗面骨折、膝蓋靱帯損傷、感染などがあります。



前十字靭帯断裂に対して
脛骨高平部水平化骨切術を行った犬の一例


■はじめに


脛骨高平部水平化骨切術(tibial plateau leveling osteotomy : TPLO)とは、前十字靭帯断裂の治療を目的とした手術法の1つです。脛骨近位部に放射状の骨切りを行い、高平部を含む近位骨片を尾側方向に回転させることによって脛骨高平部が水平になるように矯正する手術です。脛骨高平部を水平化することで後肢の負重時に発生する脛骨の前方への推進力(cranial tibial thrust : CrTT)を制限することができます。


脛骨高平部角(tibial plateau angle : TPA)については約6.5度でCrTTが消失することが示され、より小さい角度では脛骨は大腿骨に対し後方へ変位し、後十字靭帯への負荷が増加することが示されています。従ってTPLOでは6.5度を目指して矯正を実施します。


■症例


犬種 ラブラドール・レトリバー
性別 
年齢 5歳10ヶ月
既往歴 特になし

■経過


第1病日


左後肢の跛行を主訴に他院を受診し前十字靭帯断裂と診断され、手術を希望されて当院へ紹介来院されました。来院時の体重は31.6kgでした。膝関節のX線検査にてファットパットサイン(図1)及び脛骨の前方変位(図2)を認め、TPAは23度でした。また、触診にて※メディアルバットレスを認めました。血液検査や胸部のX線検査での異常は認められなかったため、6日後にTPLOを実施することになりました。


※メディアルバットレス
前十字靭帯断裂の慢性例で認められる膝関節の内側 側副靭帯と近位脛骨の間の繊維性の肥厚のこと。


図1 ファットパットサイン
関節液(透過性低)の貯留により
関節内の脂肪(透過性高)が頭側に押し出される所見

第6病日


TPLOを実施しました。術後のX線検査ではTPAは8度となっており(図3)、脛骨の前方変位は認められませんでした。患肢には炎症の抑制及び不動化を目的としてロバートジョーンズ包帯を実施しました。
術後3日目には患肢に負重して歩くことが可能になり、もともと寂しがりの性格だったことも考慮し、第10病日には退院することになりました。その後も経過は順調であり、左後肢を使用した元の生活に戻ることができました。
しかし、2年ほど経った頃に反対側の前十字靭帯も断裂してしまい、同じようにTPLOを実施することになりました。こちらも無事に手術は終了し、現在は経過観察となっています。


図2 術前

図3 術後

■考察


本症例ではもともと痛み止めの薬や関節保護のサプリメントの内服を試みていましたが、患肢への負重は回復しませんでした。しかし、TPLOを実施することで患肢の負重能力を回復させ、患者のQOLは大幅に改善することができました。
前十字靭帯断裂は内科的治療で根治することはできず、基本的には外科的治療が適応となります。過去には様々な手術法が検討されてきましたが、近年ではTPLOが一般的になってきました。TPLO実施後、約3か月で骨の癒合も終わり、健康時のような運動が可能となります。
また、本症例のように前十字靭帯断裂に罹患した犬は約3割が反対側の前十字靭帯も損傷すると言われているため、片側に罹患した場合でも今後反対側も罹患する可能性が高いことはインフォームする上で重要な点です。
本症例のように、前十字靭帯断裂は大型犬で好発するとされていますが、近年では小型犬の発症も多く報告 されており、膝蓋骨内方脱臼が関わっているとも言われており、犬種に関わらず注意が必要な疾患です。


■3Dプリンターのご紹介


整形外科において、骨のCT画像検査と3Dプリンターは相性が良く、術前計画に非常に有用です。近年では術前計画時に3D骨モデルを作成し実際に手術前の予行演習を行い、手術を行うケースが増えてきています。当院においても、今までも難易度が高い手術に関しては、3D骨モデルを外注で作成し手術を行うことがありましたが、ついに3Dプリンターを導入することとなりました。
それにより、今までは術前に準備することが困難であった細かい情報も把握できるようになり、迅速かつ正確な手術が可能となりました。また、予行演習も行えるようになり、手術の精度をさらに向上できております。


CT 画像

骨モデル