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専門家レポート【麻酔科】より安全な周術期麻酔管理をめざして

更新日:2025.05.29

私たち小滝橋動物病院グループでは、一般診療に加えて各専門科のチームが連携し、より高度な獣医療の提供に努めています。近年は、他院からのご紹介やセカンドオピニオンとしてのご来院も増えており、現場で得た知見や経験は、貴重な学びの機会となっています。これらを広く還元するべく、私たちは定期的に獣医療従事者の皆さまに向けた情報発信を行っております。

 

小滝橋動物病院グループ Case Report
News Letter vol.9

特集:
より安全な周術期麻酔管理をめざして

 

獣医療の発展に伴い、以前は人間の医療でしか行われていなかった手術が獣医療でも可能になりつつあります。また、動物の寿命が伸びたことで高齢の動物たちに検査・手術を行う機会も増えてきております。しかし、こういった症例に麻酔をかけるには一定のリスクが伴います。加えて飼い主様においても、動物が高齢であることや手術の侵襲度の高さから麻酔が難しいと考え、手術を断念する方も少なくありません。このような状況下では、循環管理、呼吸管理、疼痛管理を通じて術前、術中、術後における全身状態を良好に維持するために、麻酔科医の果たす役割は大きいと考えます。

 

人医療における麻酔関連死亡症の割合が症例0.01~0.05%との報告がある一方で、獣医療における麻酔関連死亡症の割合は0.65~1.05%と報告されています。当グループ麻酔科は周術期における死亡症例を0にするために、より安全な麻酔管理を模索する目的で2021年に発足しました。

 

麻酔科では、グループ内で依頼されたリスクの高い症例や侵襲度の高い手術においてチーム内でディスカッションし、リスクの高い症例に細やかな麻酔・周術期管理を行えるよう診療に当たっております。具体的には、心臓外科を始めとした開胸手術、脳神経外科手術、各種軟部外科手術など幅広い手術に参加しており、他診療科と連携をとりながら手術に臨んでいます。

 

より重症度の高い症例に関しては外部の麻酔専門医をお呼びし、月2回の麻酔カンファレンスや遠隔麻酔を用いた麻酔監修のもと麻酔管理を実施しています。また、術後管理においても他科と情報共有や方針のディスカッションを活発に行い、状態が安定するまでのフォローアップも積極的に行っております。

 
局所麻酔 実施の様子
 
外部の麻酔専門医のレクチャー
 
遠隔麻酔システム
 

症例紹介

逆流性心疾患をもつ犬の右後肢第 4指断指術における麻酔管理の1例


■症例

犬種 キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル
性別 避妊雌
年齢 11歳
既往歴 MMVD ACVIM consensus Stage B1(Epic /3)上室性期外収縮
術前の全身状態 ASA分類クラスⅡ(年齢、コントロールされた心疾患)予想される術後疼痛の程度=中程度
主訴 右後肢第4指の腫瘤

■経過

来院理由本症例は、約2年前より右後肢第4指に腫瘤ができ、ここ1ヶ月ほどで前より大きくなり、気にして舐めてしまうようになったことから、当グループ病院を受診された。症例は一般状態は良好であり、腫瘤性病変は1cm程で、自壊は認められなかった。

患肢のレントゲン撮影において骨浸潤は認められなかった。身体検査時に心雑音がLevine分類Ⅲで聴取されており、また高齢でもあるため、術前検査として胸部レントゲン検査、心臓超音波検査、血液検査を行った後、右後肢第4指断指術が計画された。

麻酔用周辺機器(※使用イメージ)


■手術 麻酔管理(表1、表2)

麻酔管理の概要

本症例は、僧帽弁閉鎖不全症に罹患しているものの一般状態は良好であり、また血液検査でも明らかな異常は認められなかったため、ASA分類クラスⅡと判断した。 疼痛は中程度と予測されたが、上記のように心疾患に罹患していることから、疼痛による後負荷の増大は避けるべきと考えられた。 そのため、麻酔前投与薬としてロベナコキシブ、ミダゾラム、フェンタニル、ケタミンを用い、断指術に対する神経ブロックとしてブピバカインを用いた肢端ブロックを併用するマルチモーダル麻酔による周術期疼痛管理を計画した。

【表1】実施した麻酔プロトコール

麻酔前投与薬

▶︎ ロベナコキシブ 2 mg/kg SC

▶︎ ミダゾラム  0.1 mg/kg IV

▶︎ フェンタニル 5 ug/kg/ IV

▶︎ ケタミン   0.5 mg/kg IV

術中鎮痛

▶︎ フェンタニル – ケタミン Mix CRI

(フェンタニルとして 5-10 ug/kg/hr

ケタミンとして 0.2-0.4 mg/kg/hr)

▶︎ 肢端神経ブロック:ブピバカイン (※)

導入薬

▶︎ プロポフォール to effect IV (6 mg/kg を準備)

術後鎮痛

▶︎ フェンタニル – ケタミン Mix CRI(術後 24 時間)

(フェンタニルとして 3-5 ug/kg/hr ケタミンとして 0.12-0.2 mg/kg/hr)

▶︎ ロベナコキシブ 2 mg/kg SC

維持麻酔薬

▶︎ イソフルラン

準備

▶︎ エフェドリン 40 倍希釈

▶︎ アトロピン

※肢端神経ブロック…脛骨神経から分岐した内側足底神経及び外側足底神経と、総腓骨神経から分岐した浅腓骨神経および深腓骨神経を遮断することで、足根関節遠位の肢端をブロックする。


実際の麻酔管理の状況
麻酔時間
総麻酔時間  60分
手術麻酔時間 26分
維持麻酔停止〜抜管までの時間 6分

合併症
無呼吸、低血圧を伴う徐脈

手術前の準備

術中、術後の様子

本症例は、中程度の心疾患に罹患していることから導入後心拍出力の低下を生じる可能性があった。そのため前投与のタイミングからドブタミンの持続点滴を行った。また、切皮前にMAP60以下となる助脈を認めたため、アトロピンを to effectでIVした。手術侵襲に対して疼痛反応は、ほぼ認められなかった。また、終末呼気イソフルラン濃度は1.5%程度で維持することができた。覚醒は穏やかで発揚もなく、自力での頭部挙上も比較的すぐに認められ、明らかな疼痛反応も認められなかった。



【図1】麻酔記録
 

■ 考察

本症例は、僧帽弁閉鎖不全症に罹患している症例であった。手術侵襲に伴う疼痛反応は後負荷を増大させ、本症例のような逆流性心疾患に罹患している場合、肺水腫など左心不全につながるリスクがある。断指術は術中、術後の疼痛は中程度であるが、前述の理由があるため、本症例では麻薬及び神経ブロックを用いたマルチモーダル麻酔を計画した。ブピバカインの作用時間を考えると、術後覚醒後まで疼痛管理に大きく寄与していたと考えられる。また、今回ケタミンを併用していたが、これによって術後の中枢神経感作も抑制できたと考えられる。